今月は、ウエメ・プラトー県内にある視学官事務所(教育委員会みたいなところ)と小学校を見学しています。
ウエメ・プラトーは、ウエメ県とプラトー県の2つに分かれますが、細かいことはさておき。
県内は15の視学官事務所と1300ほどの小学校があります。そこが私が働くDDEMP-OPのフィールドで広いですが、全部の視学官に行ってみようと、地道に計画中。
今回は、職人の町アジャラと、ナイジェリアとの国境に近い町イファンニに行ってきました。
私が働く就学促進課の同僚3人と、財政課の職員1人、+私、計5人のプチット旅行。
アジャラは、ポルトノボから車で20分もかからないくらい、近いところです。タムタム(太鼓)や、籐で作った椅子など、民芸品を作る職人が住む町。
そこでまず視学官に行き挨拶、そのあと近くの小学校にお邪魔しました。
小学生は元気元気。ヨボだ、カメラだ!と集まってきて、食われそう。前にも進めず。
表情豊かな子供達。
かわいい顔して、第一声は皆Donnez moi d’argent (お金頂戴) です。
日本のギブミーチョコレートに近い感覚なのかもしれないけど、外国人を見るとまずそういう子(大人も)が多い。
むしろ、もらえることあるのかな?と逆に謎。
自分たちは貧困だという意識が子供達まで伝わってるのかな、
とか考えにふける暇はなく、何か言い返さないとやられてしまいそうなほどの勢い。
負けずに、Tu dois travailler d’abord (まず働け!)
か、私もお金ほしいんだよねと、言い返してやります。
ベナンの小学校では、校内にバンドゥーズ(売り子)が食べ物を持ってきて、子供達が買うという仕組み。日本の給食のような制度はありません。
売り子達は保健センターの許可がないと校内で販売できませんが、それに加えて毎日の食品チェックを、先生と生徒で構成する保健委員がしなければいけません。
でもこの学校はそれを怠っていたようで、同僚が指導していました。
アジャラは豚肉で有名な店があるので、そこで昼食。
ビール飲んでましたね! 私は一応飲まなかったよ。
次の町まで1時間ほど、飲んだせいか、移動中の車の中踊りだした!
しかもちょっとかわいい感じの曲で、踊りもかわいくて、それを大きなおじさんがやるもんだからみんなで大笑いでした。視察というより息抜きって感じ。道もヤシが茂ってとてもきれいでした。
イファンニの視学官に挨拶した後、少し離れた小学校へ。
話を聞いてみると、同僚のお父さんが寄付してくれた土地に新しい学校を建てたそうで、今回はその視察でした。俺はここで育ったんだと感慨深そう。
手前のスーツが同僚、向かって右側の魚のボンバを着ているのが、お父さん。
新しい校舎に移る前の学校。
新しい校舎。
場所が違うと、子供たちの様子も全然違う。
校庭。どこの学校もサッカーゴールがある。
とても美しいところでした。
学校を見に行ったことで分かったことも多かったけど、逆に自分に何が出来るだろうと悩みます。
それから、視学官のシェフへ用意した質問をしたものの、答えが理解できなかったという残念な結果。
焦ってもしょうがないので、しばらくは学校見学を続けて、少しずつ分かるしかない。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
自己紹介
- hyokkori.
- 2011年6月より西アフリカのベナン在住。青年海外協力隊村落開発普及員としてベナンの学校保健に関わる仕事をしています。首都ポルトノボ(porto-novo)にある、ウエメ・プラトー県教育事務局(DDEMP)配属。千葉県出身。
ラベル
- ベナン観光 (7)
- ベナン生活 (26)
- 活動 (18)
- 駒ヶ根 (1)
- 日本(随分前の日記) (9)
はろー!かなだよ(日研の)
返信削除元気そうで何よりだね
ちょくちょく覗きにきます
かな!!merci beaucoup(どうもありがとう)。
返信削除私はアフリカに来ても私のまんまだよ笑。
元気か?!
日本の友達がたまに超恋しいです。
でも連絡とりあえるネットってすごいね!
またメールでもするよ。